アルファゼロ以前の将棋ソフト
教師あり学習の限界
アルファゼロが登場する以前の将棋ソフトは、「教師あり学習」を基本としていました。
これらのソフトは人間の棋譜データや定跡を大量に取り込み、その中から最善手を学習します。
データの質と量が性能を大きく左右し、データ収集が成果を決める時代だったのです。
例えば、「エルモ」や「ボナンザ」はこの方式で大きな成功を収めました。
しかし、この手法では人間の思考パターンを超える発想を生み出すことが難しく、「未知の局面への対応力」が弱点でした。
また、生成AIなど多くの現代AI技術も、この「教師あり学習」モデルの延長上にあります。
言い換えれば、アルファゼロの登場はAIの常識を根底から覆すものでした。
アルファゼロの革新 ― 自己学習による知能の誕生
教師なし・自己対戦による強化学習
アルファゼロは、従来の手法を一切使わず、「教師なし学習」によって進化しました。
完全にランダムな手から自己対戦を繰り返し、勝敗を通じて自ら最適な戦略を見つけ出したのです。
その仕組みは、「ニューラルネットワーク」と「モンテカルロ木探索(MCTS)」の融合。
つまり、人間の定跡データや評価関数に頼らず、独自の価値判断を学習するという大胆な構造です。
結果として、アルファゼロはわずか72時間の学習で、当時最強とされた将棋ソフト「エルモ」に圧勝。
100局の対戦で90勝8敗2引き分けという驚異的な記録を残しました。
この数字は、AI研究全体にも衝撃を与えた「知能の飛躍」を象徴しています。

ハードウェア構成と性能差
アルファゼロの開発では、Googleの専用ハードウェアTPUが用いられました。
構成は「TPU×4」「CPUコア×44」で、超高速な深層学習を実現。
一方で、対戦相手のエルモはCPU44コアで動作。
この計算能力の差も一因でしたが、それ以上にアルゴリズムの優秀さが勝敗を決めたといえます。
アルファゼロはハード性能に依存するだけでなく、思考そのものを進化させる「知能の自己増殖」を実現しました。
アルファゼロ開発の系譜
AlphaGoの成功とその進化
アルファゼロは、Google DeepMindの研究成果「AlphaGo」シリーズから発展しました。
2016年、AlphaGoが世界最強の囲碁棋士・李世ドル九段を破ったことで、AI研究の流れが大きく変わりました。
その後登場したAlphaGo Zeroは、人間の棋譜を使わずに自己対戦で学習。
たった3日で従来版を凌駕するほどの力を示しました。
この成果をさらに発展させたのが、囲碁・チェス・将棋に対応できる汎用AI「アルファゼロ」なのです。

アルファゼロの学習手法
自己対戦で成長するAI
アルファゼロは完全に自律的に学習を行います。
データを与えられるのではなく、自分で作り出した局面から学びます。
こうして「未知の状況」でも最適な判断を導き出す力を身につけました。
深層強化学習とモンテカルロ木探索
深層ニューラルネットワークが局面を評価し、MCTSで最良の手を探索します。
この繰り返しによって、戦略の精度が急速に高まります。
また、評価関数を人間が設計する必要がないため、バイアスのない純粋な最適化が可能となりました。
技術革新のポイント
- 評価関数の自動生成
→ 人間が設定せず、AI自身が勝敗から評価基準を形成。 - 探索効率の飛躍的向上
→ MCTSにより複雑な将棋でも高速探索が可能。 - 戦略の多様性
→ 自己対戦によって新しい定跡や戦法を次々と発見。
これらの特徴が、アルファゼロを単なる「将棋ソフト」ではなく、学習する知能体へと進化させました。
アルファゼロが公式戦に参加しない理由
アルファゼロはあくまで研究目的のAIであり、商業ソフトとは性質が異なります。
Google DeepMindは、競技よりもAI研究の進展を重視しており、商用ライセンス化は行っていません。
また、アルゴリズムの詳細には特許や企業秘密が関係しており、技術的透明性の制約も理由の一つです。
さらに、将棋連盟などが定める技術基準との互換性の問題もあり、公式戦参加は現実的ではありません。
アルファゼロ vs 将棋神 ― 仮想対局の行方
もしアルファゼロが、現代最強クラスの将棋ソフト「将棋神 やねおら王」と戦ったらどうなるでしょうか。
両者の実力差は予測困難ですが、次のような展開が考えられます。
- 互角の戦い:どちらも高い戦略性を持ち、優劣は僅差。
- 新戦法の誕生:アルファゼロの柔軟な思考が、未知の手を生み出す可能性。
- 計算力の差:アルファゼロはGoogleのTPUを活用できるため、計算面で優位。
最終的な勝敗は読めませんが、どちらもAIの限界を超える存在です。
いずれ訪れるであろう「AI頂上決戦」に期待が高まります。
まとめ ― アルファゼロが残したもの
- アルファゼロは人間のデータに頼らず、自己学習で知能を獲得した。
- 短期間でトップソフトを圧倒し、AI研究に革命を起こした。
- その存在は、AIと人間の関係を見つめ直すきっかけとなった。
AI時代の将棋は、もはや「盤上の競技」だけではありません。
知能そのものが進化を続ける――その象徴こそが、アルファゼロなのです。


