序章:「創る」という壁に挑むAI
昨日のブログでは、「なぜ将棋ソフトは創作詰将棋が苦手なのか?」という疑問を出発点に、その理由を探りました。評価関数に縛られた現行AIの限界、創造性の欠如、そして「弱いAI」と「強いAI」の違いについて考察を加えました。
このテーマに強く惹かれた理由は、前回のブログで詰将棋の最高傑作「寿(ことぶき)」を通じて、AIと人間の役割の違いを痛感したからです。あれほどの長手数作品を“解く”ことができても、“創る”ことはできない──そこにAIの限界と可能性が同居していると感じました。
そこで今回は、その続編として、AIが今後どのようにして“詰将棋を創る”力を獲得できるのか。またその可能性と課題について、より未来志向の視点から掘り下げてみたいと思います。

詰将棋創作におけるAIの苦手領域
詰将棋の創作には、論理だけでなく、構成の妙、美的感覚、驚きの演出といった要素が求められます。現在の将棋ソフトは、局面の評価に優れた「弱いAI」にとどまり、こうした感性的判断が苦手です。
しかし、時代は少しずつ変わろうとしています。AIが詰将棋を「創造する」未来に向けて、技術と想像力の融合が始まりつつあるのです。
人間の創作とAIの論理の違い
詰将棋作家が作品を生み出すときに重視するのは、構想の独自性や美しさ、そして解いたときに生まれる感動です。意図的に意外な一手を入れたり、解く側の心理を揺さぶるような配置にしたり──これらは数値で測れるものではありません。
一方、AIは評価関数や学習データを基に、合法性・唯一性といった論理的条件を満たす構成を優先します。そのため、形式的には成立していても、作品としての魅力や解く楽しさに欠けると感じられることもあります。
AIによる創作の現在地
近年、AIによる詰将棋生成の試みがいくつか始まっています。代表的なアプローチには以下のようなものがあります:
- 逆算法:詰みの最終局面から逆算して局面を作り上げる手法。これにより、最初から正解が保証される局面を構築できる利点があり、プログラミング的にも管理しやすい。一方で、「構想」や「演出」という観点では単調になりがちです。
- 類似構造生成:過去の名作の棋譜をデータとして学習し、その構造を模倣するように新作を生成するモデル。ここではLSTMやTransformerといった自然言語処理系の技術も応用される例があり、一定の品質は保たれますが、既存作の“変奏”に留まりがちです。
- テーマ再現型生成:ある課題テーマ(たとえば「煙詰」「双玉」「駒余りなし」など)を指定し、その条件を満たす初期局面や手順を生成する試み。これはAIが「目的に応じて創作する」という点で画期的ですが、美しさや構想性の再現にはまだ距離があります。
創造的AIへの3つの鍵
- 多次元評価関数の開発
- 現在の将棋ソフトでは、局面の「善し悪し」や「勝率」が評価されるにとどまっていますが、創作詰将棋においては「意外性」「余韻」「構成の対称性」「収束の美しさ」など、複雑かつ主観的な評価軸を同時に考慮できる仕組みが求められます。それをAIが理解するためには、人間が好む作品の特徴を数値化する「美的特徴マップ」のようなものが必要になるでしょう。
- 人間との協働(共創)モデル
- AIが提示する“種”を人間が育て、完成形に仕上げていく共同制作モデルが期待されています。これは音楽や絵画の生成AIでも導入が進んでおり、将棋においてもAIが提案する手順案を人間が取捨選択・調整して完成形へ近づけるスタイルです。将来的には、作家が「テーマだけをAIに伝えると、90%完成された詰将棋が出てくる」ような未来像も描けます。
- 生成AIの進化
- ChatGPTや画像生成AIに見られるような、文脈を読み取り、指示に応じて構造化されたアウトプットを生み出す能力が、将棋AIにも応用される時代が来るでしょう。単なる手順の列挙ではなく、「山を登って下るような玉の軌道」「持ち駒が段階的に変化する構成」など、形状や流れを伴った構成的演出を理解・再現する能力が求められます。
強いAIの夜明けは詰将棋から?
3日間にわたり、創作詰将棋に関するテーマを追い続けてきましたが、最後にお伝えするこの内容こそ、私が最も強く、心から伝えたかったことです。
現時点において、人類はまだ“強いAI”を手にしてはいません。AIは特定のタスクには優れた成果を見せても、未知を創り出す「想像力」や「美意識」は持ち得ていないのが実情です。
けれど、もし創作詰将棋の分野において、AIが自律的に数百手、あるいは千手以上の詰将棋を“創作”することができたとしたら──それは間違いなく、強いAI誕生の歴史的瞬間と言えるのではないでしょうか。
なぜならそこには、従来のAIに欠けていた“想像力”、“美的判断”、“唯一性の設計力”が、すべて含まれているからです。それは、人間の知性の中でも最も創造的な部分に触れる行為であり、ただ勝つための道を示すだけのAIとは根本的に異なる存在です。
そしていつか、AIによる作品が「詰将棋パラダイス」の表紙を飾る日が来るかもしれません。
私は強く願っています。将棋という分野からこそ、強いAIの先駆けが生まれてほしい。なぜなら、創作詰将棋は構想・芸術・論理が三位一体となった、極めて洗練された世界だからです。
将棋を愛するすべての人々、そしてAI研究者や将棋プログラマーの中から、この創造的挑戦に踏み出す志を持つ方はいないでしょうか──人類の未来のために。私はその出現を、心から期待しています。
