出会いは小学3年生 ― 二枚落ちからのスタート
2020年、小学3年生に進級したばかりのS君との出会いは、私にとって特別なものとなりました。
最初は二枚落ちでの指導から始まりましたが、彼の素直な吸収力と内に秘めた負けん気の強さを見て、私は直感しました。「この子は必ず強くなる」と。
徐々に二枚落ちを卒業し、飛車落ち、角落ち、そしてついには平手で互角に戦えるまでに成長していきました。
レッスンの形態と続行の決意
もともと私は「習い事教室サイタ」で個人レッスンを行っていましたが、サイタの廃業に伴い一度は指導終了を考えていました。
しかし、S君だけは続けたいと心に決め、最終レッスン日に本人に「この先どうするか」を尋ねたところ、彼も「続けたい」と希望。
こうして、レッスンは継続されることになりました。
- 月1回の日曜日に開催(日時はメールで調整)
- 場所は新瀬戸駅前のバローのテーブル席
- 午後1時から2時間程度
- 棋譜はその都度私が将棋アプリに入力し、次回印刷物を渡す
- 謝礼は1回2,000円(採算度外視)
- 片道2時間半、往復5時間の道のり
S君の成長を見届けるためなら、この労力も全く惜しいとは思いませんでした。
重大な変化 ― 将棋ソフトとの出会い
レッスン開始から2年が経った頃、私はさらに彼の才能を伸ばす方法を模索しました。
そこで思いついたのが「将棋ソフトとの駒落ち対局」です。
私は外付けハードディスクに、当時最強だった「水匠5」を始めとするフリーソフト(ドルフィン、技巧2、ウカムセ、GPS、KPPT)をインストール。
また、「将棋GUIの操作方法について」という自作マニュアルも作り、彼に渡しました。
将棋ソフトを相手に、駒落ち戦で何度も待ったをしながら、勝つまで指し続ける。
この地道な努力が、S君をさらに一段上のレベルへと押し上げたのです。小学6年生になって大会で準優勝、更に優勝するほど腕を上げました。
別れの日 ― 飛騨・世界文化センターにて
2024年3月29日。
4年間に及ぶレッスンの締めくくりとして、岐阜県高山市にある「飛騨・世界文化センター 第二応接室」で最後の対局を行いました。
落ち着いた雰囲気の中で、3時間かけ2局を真剣勝負。
私も最後だと気合を入れ、2局とも勝利しました。
この日、S君から思いがけない贈り物がありました。
それは、丁寧に書かれた感謝の手紙でした。

【要約】2人の手紙とメールでのやり取り
S君からの手紙には、
「将棋レッスンで教えてもらったことが本当に役立ったこと」、「熊崎先生のおかげで将棋が大好きになったこと」、
「先生の優しさに勇気づけられたこと」、
そして「これからも頑張りたい」という決意が綴られていました。
私はお返しのメールで、
「今は無限の可能性が広がる中学生。将棋だけに限らず、自分で道を選んで進んでほしい。」
「もし本当にプロを目指すなら、中学生のうちに覚悟を持つこと。」
「どの道に進んでも、君の未来は前途洋々だ。」
というメッセージを送りました。
さらに「いつの日か全国大会で会えるのを楽しみにしている」と添えました。
最後に伝えたかったこと
私がレッスン中、彼にプロ棋士になることを押しつけたことは一度もありませんでした。
将棋はあくまで人生の選択肢を広げるための「道具」に過ぎない。
大切なのは、自分で道を選び、歩んでいくことです。
S君はその後、難関の第一志望校に合格し、見事中学生へと進学しました。
彼の輝かしい未来を、私はこれからも陰ながら応援し続けます。
締めくくり
この4年間、私自身も多くのことを学びました。
病を抱えながらの指導でもありましたが、S君との時間は、かけがえのない宝物です。
「またいつか、将棋の全国大会で再会できますように。」
心から、そう願っています。